グッドフレンズ「ヨーコ」のことを思い出してはモヤる

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ときどき旅で出会った人を思い出す。英語ができないから親しくコミュニケーションしたわけではないけど、カタコトのやりとりでも鮮烈に印象づくことがある。そのひとりがロンドン旅行で逗留した、ホテルのフロント係の女性だ。

その日、私はヘトヘトだった。ベルギーでタクシードライバーにぼったくられ、観光する気力を失った私は帰路のユーロスターをラウンジが使える席種にアップグレードした。ソファにゆっくり座って、ビールやワインを飲んで英気を養おう。ついでに溜まっていた仕事のメールも返してしまいたかったのだ。ところがラウンジに入りたいのに「係員がいない」という理由で改札内に入れて貰えず、すったもんだの問答の末に中に入ったはいいが疲労がピークで座った途端に寝落ち。滅多にないユーロスターのラウンジ利用の写真もレポート用のメモもできずに列車の時間になってしまった。

そしてベルギーからロンドンに戻ったのは夜遅く。車内でハイヤーの希望を伝えるとセントパンクラス駅までドライバーが送迎に来てくれるはずだった。が、改札口で待ってくれているはずのドライバーはいない。大きなスーツケースを転がして右往左往する私とドライバーが出会うまで30分以上かかってしまった。彼いわく「いつもは電話が貰えるんだ。だからそこのカフェで待ってたんだよ。もう来ないかと思ったけど会えてよかった」と。

車は駅の地下に停めているという。正直もう喋るのも疲れていて、押し黙って私は歩いた。スーツケースを持ってくれるでもなく、すたすたと階段を下りていくドライバーの後ろを雛鳥のように必死で付いて歩き、車に荷物を積み込んだ。日産車の座り心地のよい後部座席から、ドライバーにレスタースクエアにあるホテルまでの地図を見せると無言で発進した。

ホテルまでは20分かからないはずだったし、渋滞するような時間帯でもなかった。だのに車はずっと同じ場所をぐるぐると回っている。「ホテルはこの先だよ」と私がいうと「いや、この道は入れないんだ」とキョロキョロしながら彼は繰り返す。40分を過ぎた頃、おもむろに車を停められて「ホテル、この先を歩けば着くよ」と言って私は容赦なく降ろされてしまった。ジャックザリッパーが出そうなくらいに不気味な暗さと、石の建物に囲まれたロンドンの暗い路地は身震いするくらいに怖い。

イルミネーションの時期だから商店があればこれくらい明るいけれど、路地裏やオフィスビルのある辺りは人もまばらで本当に暗い。

小雨が降る中、ゴツゴツとした石畳の上を重いスーツケースを力いっぱい引きずりながら歩く私は泣きそうだった。本当にこの先にホテルはあるのかもわからないし、Google Mapを見ようにも雨でスマホを濡らしたくない。気力を振り絞り、光と音がする方向へと歩いた先にクリスマスマーケットを開催中のレスタースクエアが目に飛び込んできた。ホテルはその目の前にあった。あと一息だ、と力を振り絞るようにして歩く。

ドアを開けると重低音のクラブミュージックが大音量で流れ、ロビーには若い男女が溢れて数人は床に落ちていた。日本でいうところの新宿歌舞伎町のような繁華街ど真ん中にあるとはいえ、5つ星ホテルの静かなクラシックホテルを期待していた私は少なからずがっかりした。

フロントは閑散としていて、チェックインを待つ客はひとりもいなかった。それでいて真冬なのに汗だくで、悲壮感がにじみ出た東洋人を一瞥しただけで声を掛けようともしない。そういえばドアマンもいなかったし、高いだけのホテルを選んじゃったかな……と後悔で泣きそうになっていたところへ、突然背中を叩かれた。

「ウェルカムドリンクよ、一杯どう?」

振り返るとクーシュ・ジャンボに似た面差しの美しい黒人女性がコップを片手に立っていた。ゴツいゴールドのバングルに目を奪われながら、渡されるままに一気に飲み干した。甘い果実の味がほのかにした冷たい水は、ユーロスターを下車してからストレスで緊張しっぱなしでカラカラに乾いていた喉と体に染み入るようだった。クーシュ・ジャンボは「もっと飲む?あそこにジャグがあるからご自由にどうぞ」と後ろを指差し、スーツケースをカウンターまで運んでくれた。

出演:Christine Baranski, 出演:Cush Jumbo, 出演:Rose Leslie, 出演:Sarah Steele, 出演:Delroy Lindo, 出演:Nyambi Nyambi, 出演:Michael Boatman, 出演:Audra McDonald, 出演:Michael Sheen
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チェックインの手続きのためにパスポートを渡すと、彼女は表紙を見るなり「日本人? 横浜って地名は知ってるかしら」と唐突に話を振ってきた。夫の実家が横浜だと答えると、大きな目をさらに大きく見開いてニッコリしながら「そう!私の友達が横浜出身なの」と続けた。どう言葉を続けたらよいのかわからず、私は黙ってニッコリしていると彼女は更に続けた。「ヨーコというの。そう、とてもいい子よ。私のgood friendだったの……」。そこまで話すと黒曜石のような瞳をうるませた。明らかにその目には涙が浮かんでいて、私の関心を引いたが「でももう今は会っていないの。とてもよい子だったわ」と話したきり、押し黙ってしまってそれ以上はなにも語らなかった。

カードキーを渡すと彼女はスッとスタッフルームへ行ってしまった。ヨーコと何があったのか、とても気になってしまい翌日も頭から離れない。またフロントで会えばなにか話しかけてくれるだろうか。そんな想いを抱え、滞在中幾度となくフロントを覗いたがクーシュ・ジャンボはそれきり会うことはなかった。

ヨーコという横浜出身の親友がいて、結局は何があったのかはわからずじまい。親友とか仲の良い友だちという意味のgood friendだが、もしかして友達だけでなく彼女の側にはそれ以上の想いがあっただろうかと今もときどき考えてしまう。もしかしたらスッとスタッフルームへ消えたのは、泣いてしまったからではないのか。日本人を見て思い出してしまい、古傷が傷んだのかもしれない。なんで私は気の利いたことが言えなかったのだろう。どんなに疲れていても、なにか言えたんじゃないだろうか。あれから幾度となくクーシュ・ジャンボを思い出しては、あの日のことが蘇る。

またあのホテルに泊まって、続きの話が聞けるとよいのだけど。


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